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フォーブス誌 : Google Android商標論争に巻き込まれる

今回のもとネタはこちら
『福布斯:谷歌陷入Android商标权纠纷』

【翻訳文】
北京時間の5月1日《フォーブス誌》は、米国イリノイ州のAndroid Data Corp.という名の開発ベンダーが火曜日にイリノイ州北部の米国地方裁判所でGoogleに対し起訴状を提出し、Androidの商標が自社の商標権を侵害していると主張したことを伝えた。

Googleはそのオープンソースプロジェクトを中止せざるを得ないのだろうか?Erich Specht氏が勝訴した場合、GoogleのAndroidオープンソースプロジェクトは何らかの影響を受けるはずだ。

Erich Specht氏はGoogleだけでなくその他46社の技術ベンダーにも1億米ドルの賠償金を要求している。Specht氏の代理弁護士MartinMurphy氏は次のように語った : ”Googleは我々の商標名を不正利用しているが、これは我々の商標である。”

Googleの広報担当者Andrew Pederson氏は、同社はこの訴えには全く根拠がないと考えており、同社は理にそって全力で取り組んで行くと語った。

Googleに加えて、Android Dataはオープンハンドセットアライアンス(Open Handset Alliance)の全てのメンバーに対しても裁判所に訴えをだしているが、そのメンバー企業にはモトローラ,クアルコム,Sprint Nextel,T-Mobile,テキサスインスツルメンツ,中国移動,サムスン,スペイン電信,東芝,ボーダフォンなどなどが含まれている。

Specht氏は10年前会社を設立した際に米国特許商標局に申請を出していた。彼は2000年にAndroid Dataをコンピュータエレクトリックコマースソフトウェア関連で商標を登録しようとしていた。特許商標局は2002年に申請を承認した。

Googleは2007年10月のAndroidプロジェクト公開の数日前にAndroid商標の申請を提出したが、特許商標局は翌年2月にこの商標とSpecht氏の商標が似ているのでGoogleの商標申請を拒否していた。Googleは直ちに控訴をし、Specht氏の会社は業務を停止しているためその商標権を失っていると主張した。Googleの弁護士は書面で、2004年5月にはAndroid Data Corp.は自主解散しており同社のWebサイトでも再登録されていないと指摘した。特許商標局は去年の11月にGoogleの控訴を棄却するとともにGoogleに再度控訴しないことを言い渡した。

Murphy氏は次のように語った : ”Specht氏はGoogleのDavidと同様に、彼はAndroidという名に多くの意味合いを与えた。彼はGoogleがどんな手段を使っても奪い去ろうとしていると考えている”Specht氏はやっと最近になって行動をとり始めたが、それは最近になってGoogleが彼の商標権を侵害していると意識しだしたためだ。Murphy氏は次のように語った : “Specht氏は以前からAndroid携帯電話のことは聞いていたが、彼はそれを携帯電話の一種だと考えていた。彼がAndroidのその名前がソフトウェアであるとわかったとき、すぐに我々に起訴を提出するよう委託してきた。”

Androidプロジェクトがソフトウェアのカテゴリーに分類されていることが今回の件のキーである。特許商標局には数十個のAndroidの商標名称が登録されていて、その中にはAndroidブランドの宝石類の商標もある。Specht氏とGoogleが提出した商標申請は全て国際009の分類の商標で、それはすなわちコンピュータソフトウェアとハードウェアの商標である。

この件は更に複雑になっている。技術的な観点からは、Specht氏がとった商標名称は”Android Data”であるが、彼によると特許商標局での登録資料には、その中のDataと言うのは説明のための字句であり、実際にはSpecht氏が申請したソフトウェア製品の商標はAndroidであるとのことだ。

商標権の侵害を証明するには、商標を所有する人間は必ず被告がその名前を利用することが紛らわしいものであり、真に混乱をきたすものであるという証拠をあげないとならない。この観点から言えば、Specht氏が敗訴する可能性もある。Murphy氏も、全ての教育を受けている消費者はGoogleとSpecht氏の小企業およびAndroidモバイルプラットフォームとSpecht氏のエレクトリックコマースソフトウェアの区別はつくだろうと認めている。しかしMurphyは、GoogleおよびAndroidを自社製品の商標とする行為は既にSpecht氏の会社の利益に損害を与えていると強く語った。Murphy氏は次のようにも語った : ”私の代理人も製品を販促をしているが、現在我々の製品はまるでGoogle製品を模造した偽者もしくは粗悪品のような扱いをうけている。”

Googleはこのような状況を認識してはいるが、Specht氏あるいはMurphy氏とは連絡をとっていない。Murphy氏は木曜日に仮差し止め命令の申請を提出するつもりだ。彼は被告人にAndroidの商標がついた全ての製品を市場から撤去し、異なる商標名でパッケージングするように求める。米国市場では、最大の影響を受ける製品はGoogleとT-MobileがリリースしたG1携帯電話だ。Murphy氏は、この動きは同様にGoogleに関するAndroidの字句を使用している多くのサイトとマーケティング資料に対しても大きな影響をあたえるだろうと語った。

Googleはこれに対し回答をだすまでに60日間の猶予があるが、Murphy氏は、同社の代表は裁判所でGoogleの動議に抗議を提出すると語った。

Murphy氏は、この案件は被告が大多数に及んでいるので、最終的には和解という結果になり、法廷で審問を受ける可能性は高くないと語った。彼は次のように語った : ”どの裁判官もこれほど多くの書類を処理したいとは思わない。裁判所は我々に話し合いによる和解方法を求めるだろう。”

Murphy氏は、和解を得たいと思うなら、Specht氏がAndroidの商標権を保持しつづけ、Googleの関連製品はその他の商標名称に変更する必要があると語った。

当然、Googleはまずこの案件に対し回答を出さねばならない。Murphy氏は次のように語った : ”我々はまずお互いがどう思っているかを確認する必要がある。これまでのところ、Googleは我々に対しいかなる意見も出していない。”


【書評】
Appleの中国での件に続いて(関連記事:【書評】の欄を参照)、Googleにも商標権の問題が浮上した。日本のニュースサイトはGW中と言うこともあってか、執筆時点(5/3 19:20)では本件が掲載されていないが、海外では高い関心を集めている(関連リンク)。本記事に書かれている”特許商標局”とは”United States District Courts”のことであるが、何故か現時点アクセスができない。Googleの商標などのガイドラインのページを見てみると(参照リンク:Google Permissions)を見てみると”Android mobile technology platform"の文字が見られるが、これは日本、欧州などの”先出願主義”と違い米国が”先使用主義”なためと思える(参照リンク)。と言うのも別の記事を参照すると(参照記事)、本ブログの元記事には少し事実誤認があり、Googleが控訴を棄却されたのは8月であり、その後11月に、再度商標の申請を出しており、それは現在特許商標局で保留されているとのことだからだ。
ちなみに日本語で表示されるGoogle Permissonsのページには”Android”の文字は見られないが(参考リンク)、これが先の”主義”の違いを考慮したものか、翻訳が追いついていないのかはわかっていない。
今回の起訴はGoogleだけでなく、 Open Handset Allianceの構成メンバーにも範囲が及んでいる。同メンバーには中国では中国移動のほか華為が、日本ではKDDI、NTTドコモ、ソフトバンクモバイルなどの携帯電話キャリアも名を連ねている(関連リンク)。後半部分では、Specht氏の弁護士Murphy氏は和解を目論んでいるようだが、名前を変える必要性を訴えている。この手の裁判の場合、ライセンスフィーという名目の使用料を支払うことでの解決が多いが、そのことに触れないのは意図的かそのままなのかは今のところはわからない。
Androidという名がどちらを指すかは市場にとってみれば、一目瞭然ではあるが、商標権のからむ問題でもあり、今後も動向を注視していきたい。

テーマ : 中国ビジネス
ジャンル : ビジネス

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Author:熊猫
日本のIT業界に16年の経験、Linuxに代表されるオープンソースの業界には10年の経験を有する。特に日本のオープンソース業界では、その黎明期である2000年前後から、マーケティング,アライアンス職として、ビジネス企画・推進からパートナーとの協業モデルの構築などに従事。
2008年3月からは中国に渡り、オープンソース関連企業上海支社設立に従事。2009年7月からは独立し、中国安徽省馬鞍山市において、オープンソース専門企業の安徽開源軟件有限公司を設立。
現在も中国でLinux/OSS業界における日中の架け橋となるべく公私に渡り奮闘中。

Twitter => http://twitter.com/osschina

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